H寺様 現場施工・表替え工事 【神奈川県茅ケ崎市】

格調高いお部屋にて、現場で表替え工事をさせて頂きました。

今年新しく入社した見習の畳職人と一緒になって製作。現場施工では、一枚一枚の畳を収めながら施工できるために、寸法の調節が慎重に行え、とても良い仕上がりとなりました。

ありがとうございました。

H寺様 表替え工事【神奈川県茅ケ崎市】

茅ケ崎市にあるお寺のご本堂の畳を表替えさせて頂きました。

御本堂の床下はとても高く、風が吹き抜ける構造になっています。畳表の原料でもあるい草と畳の芯材にあたる稲わら畳床の相性は抜群です。

蓄えた湿気を放出し、御本堂のような広い空間の中で自然な空気清浄機の役割を果たしています。

お仕事を頂きまして、誠に有難うございました。

N寺様 紋縁表替え工事【東京都文京区】

 

東京都文京区にあるN寺様にて、紋縁を使った表替え工事を施工いたしました。

 

紋縁を使った仕事は、とても繊細な作業を求められますが、準備にしっかりと時間を費やし、無事に施工できました。

 

ご依頼頂き誠にありがとうございました。

M寺様 紋縁新畳工事 【東京都葛飾区】

 

紋縁を使った稲わら畳床の新畳を納入させて頂きました。千葉県産のしっかりとした畳床を、柱の芯に畳の敷き合わせが来るように寸法を調整して、畳床も寸法に製作を依頼し、紋縁を畳の寸法に合わせて製作させて頂きました。

 

H寺様 御本堂新畳入替・庫裏表替え工事【東京都台東区】

2017.11.2~12.5

約一か月間に渡り、台東区にあるH寺様の御本堂入替工事や、庫裏の畳の表替え工事をさせて頂きました。

昭和初期に建てられた大きな御本堂にて中京間サイズの畳が、無地縁が80枚・小紋高麗縁の畳は30枚ほどございました。庫裏の畳も100枚以上あり、三代目と二人で製作をさせて頂きました。

内陣には大紋高麗縁の置き畳と、枚数が多い分、非常に多くの経験を積むことが出来、感謝の気持ちで一杯です。

畳床は全て千葉県産の稲わら畳床に拘り、とても重量のある畳床でしたが、平らでしっかりとしたコシがある畳床は、これより多くの足元を支えていけると思います。

小紋高麗縁の紋合わせとしては略式での紋合わせとなりましたが、一角一角、全て手縫いで縫いとめ、小紋高麗縁の四分の一の柄をイメージして、紋合わせに細心の注意を払いながらの製作です。

今回の事を忘れずに、必ず次につなげて参ります。

お世話になりました関係各位の皆様、本当にありがとうございました。

高岩寺(とげぬき地蔵尊)様 表替え【豊島区】

2017.9.20~10.27

東京都豊島区にある、高岩寺(とげぬき地蔵尊)様の御本堂はじめ庫裏の畳の表替え工事を施工いたしました。

普段より多くの人が歩く畳には、経年変化後の畳も様々な表情が見られ、状況に応じての補修作業に細心の注意を払い、施工いたしました。

9年前と同じく全て一人で製作して、沢山の事を学んだ気がします。過去の自分と向き合って、気付き改められた事、とても身になりました。

この後も、時間と共に変化していく畳を注意深く見つめて、この本堂の畳と一緒に成長していきたいと思います。

また、この度は素晴らしい畳表を育て織って頂き、無事にお客様に届ける事が出来ました。実際にお会いした事で、製作時において生産者様の顔が浮かび、気持ちを込められたことは、自分にとって非常に大きな事でした。

生産者様を訪ね製織される現場を実際に目で見て、「2017年2月のブログ」

製織された畳表を秋口まで大切に保管し、少し寝かせる事が出来たこと。自分一人で畳を作っているのではないことを、改めて再認識する事が出来、お客様に気持ちのこもった畳が届けられたことに、心より感謝申し上げます。

本当に、ありがとうございました。

K寺様 表替え工事【東京都台東区】

台東区にあるお寺様の畳を表替えさせて頂きました。畳の小口が非常に跳ね上がっておりましたので、しっかり締めなおして納品させて頂きました。

紋縁の縁の柄も隣り合う畳どうしで合わせています。

紋縁の仕事は難しいですが、合わせようとしないと会いませんので、紋縁の段取りから細心の注意で製作いたします。

へりに始まりヘリの終わる紋縁の仕事。とても勉強になりました。

泉岳寺様 新畳 入れ替え工事【港区】

泉岳寺様 新畳入替工事1

泉岳寺様 新畳入替工事2

泉岳寺様 新畳入替工事3

港区にある泉岳寺様の畳を、新畳に入れ替えさせて頂きました。内陣・外陣との畳の見通しを合わせる事に注意して新畳に入れ替えさせて頂きました。

泉岳寺

泉岳寺(せんがくじ)様は、東京都港区高輪二丁目にある曹洞宗寺院

江戸三箇寺の1つ。

慶長17年(1612年)に徳川家康が外桜田に門庵宗関を招いて創建。寛永18年(1641年寛永の大火で焼失したが、将軍家光の命で、毛利浅野朽木丹羽水谷今川の6大名により、現在の高輪の地で再建された。

浅野内匠頭赤穂浪士が葬られていることで有名であり、現在も多くの参拝客が訪れる。また、毎年12月13日12月14日には義士祭が催される。

※写真掲載の許可を頂きました。